2006.02.06
何年前かの雪の日。
雪が一番に落ちて来るのを見れるのは何処だろうと思い、急いで都庁に登りに行ったことがある。
都庁の展望台で窓ガラスに顔をべったりつけて東京の空を眺めた。
ふわふわの雪は風に吹かれて地面の方から舞い上がり、空と地面が入れ替わったみたいだった。

2006.01.21
スリランカから帰って来て1週間もたってないのに、今度は「relax」の仕事で香港へ。
もう飛行機乗りたくないな~と思っていたら、大雪のため成田で足止め2日間。
1、2時間ごとにフライトの時間は遅れるで、空港と航空会社の対応の悪さにもうんざり。
1万人があふれ、ホテルもない上に、食事もまともにでない。。。
暴動が起きそう、というか起きていた。人のいい所と悪い所が見えた感じ。
そんななか、同じフライトで困っていた一人のスリランカ人の女の子に声をかけた。
その子がなんと、私がボランティアの為に過ごしていたクルネガという街に帰るところだという!ほんとうに驚いた!
でも、まー、仕方ない。どうする事もできず、スリランカ話で盛り上がりつつ、一緒に成田空港で一晩明かすことに。。。
最悪なアクシデントで最高にいい友達と知り合えた。
世界は狭いね。

2006.01.15
スリランカから帰国。
スリランカはどうだった? と聞かれると、とにかく良かった。
何が良いって人がいい。みんな優しいし安全。へたしたら東京より安全なんじゃないかと思う。
物売りや物乞いの人までしつこくなくて、お金あげないのに最後には『ばいば~い』とか手を振ってくれちゃう。
のんきだったな~

2006.01.14
クルネガという小さい街からさらに奥に行った、小さい村で初めて数日ですがボランティアとして幼稚園の先生をしていました。シンハラ語しかわからない子供達となんとかコミュニケーションをと、昼は幼稚園、夜は泊まっているスプートニックインターナショナルという日本語学校の生徒とシンハラ語のお勉強という毎日でした。
はじめは私が手を洗う様に言っても聞かなかった子が、手を洗ってくれる様になったこと。『せんせ~!』と日本語で呼んでくれる様になった事。最後に先生とお母さん達が、あなたは子供のことを本当に好きだから、もっとここに居てくれと、HUGとKISSしてくれたこと。(シャイな人たちだから珍しい行為らしい。)すごくうれしかった。
子供たちと遊んでくたくたになりながらも、カメラマンより向いてるかも? と思うくらい、充実していました。



2006.01.06
部屋にホタルが入ってきた日。

2006.01.02
スリランカの津波の被災者は何万人もいて、新しい家を政府が建ててくれて、家が2つになったと喜んでいる人もいれば、自分たちで建てた小屋の1つのベットで5人で寝ている家族もいる。何万人もの親をなくした子供達に、少しプレゼントを買って届けに行った。でもそんなもので、何万人もの人を平等に助けることは出来ない。自分の無力さを感じた日。

2006.01.01
ホテルにお坊さんが来てお祈りをした。
シンハラ語の訳の分からないお経を聞きながら目を閉じると、まるで日本にいる気がしてきた。そしてお経を唱えながら腕に白い糸を巻いてくれたのが、なんだかご利益がありそうでうれしかた。
30度の日射しの中、やっぱり私は仏教徒なんだと実感した2006年元日の朝です。

2005.12.27
毎日象に乗ったり、象を見にサファリに行ったり、象の孤児院に行ったり、結構象三昧です。象は何年も仲良くなった人の事を忘れないと聞いたことがあったので、マニカという私と同い年の象に乗った時、何度も何度もなでて名前を呼んであげました。彼女は私を背中だけじゃなく首にも乗せて歩いてくれました。最初落ちるんじゃないかと思ったけど、私の足を隠す様に耳で覆ってくれました。とても優しい歩き。また会いたいな。

2005.12.24
12月は、ものすごい忙しさを無理矢理突破し、クリスマスと年末年始を過ごしにスリランカまで来ています。予想に反してスリランカはスリランカ人の観光客が多くて、遺跡などの観光地もホテルもスリランカ人ファミリーでにぎわっています。
スリランカのサンタクロースは黒くってサングラスをかけていて、体にマジックで星を書かれた白い牛に乗ってやって来ました。(きっと牛さんは役目が違うと思っているはず)うさんくさいけど、それでもサンタさんは子供たちのヒーロー!そんなアットホームさが日本のクリスマスより心がこもっている気がします。

2005.12.01
***お知らせ***今日発売の『PLUS ing』というhairの雑誌のPREFACE (一番最初のページ)にタオの作品がドドンと大きく載っています。
構成も結構気に入っているので是非見て下さい。他にもboyという美容院のhair showの写真も載っています。
